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山口蛍と父親のちょっといい話


ロンドンオリンピック男子サッカーは歴史的な4強進出を決めました。

 

その中で、常に安定したプレーで予選リーグを含めフル出場で活躍した山口蛍選手。彼と彼の父親にまつわるちょっといい話です。

 

 

 

山口蛍がサッカーを始めるきっかけは父親の影響

 

山口蛍がサッカーを始めたきっかけは父の憲一さんです。

 

学生時代にサッカーをしていた父親は、社会人になっても友人とチームを作りサッカーを楽しんでいました。そのグラウンドにいつも遊びに来ていたのが、幼い山口蛍と2歳離れた兄でした。

 

そんなきっかけもあって、小学校に入ると山口選手は自然にサッカーを始めます。小学校3年生からは、父親がコーチを務めるチームでプレーし、チームの中心選手に育っていきます。

 

 

そんな幼い彼のプレイスタイルは、

 

「ドリブルでがんがん前に行く。ボールタッチが細かく、一人で点を決められた」

 

と父親の憲一さんは話しています。

 

 

男でひとつで育てられた山口蛍

 

山口が小学生のころ、父親の憲一さんが離婚してしまいました。

 

父親は、大阪でメーカーの営業マンをしていましたが、遠くに通う時間を子供たちの世話や一緒に過ごすため退職します。

 

 

朝は息子2人の朝食や弁当作り、日中は土木や建築などの肉体労働。夕方、家に戻るとすぐに子供たちとサッカーコートに通い、夕食を食べさせると、夜はバーテンダーの仕事。

 

そんな生活を続けながら山口選手を育ててきました。

 

 

山口選手は中学に入るとサッカーの頭角をますますあらわし、Jリーグ・セレッソ大阪のユースへ所属します。

毎日2時間かけて厳しい練習に通い続けました。

 

母親のいない思春期を過ごしましたが、家族は誰も一度として不平不満を聞いたことがないといいます。

 

父と子の関係

憲一さんは息子の試合は全てチェックしています。

 

今回のロンドンオリンピックも休暇を取って現地に応援に来ています。

 

 

「シュートゼロはあかん」

 

というのが、父親の憲一さんの口癖です。

 

その教えもあって、ボランチの山口選手は今日も中盤から積極的に攻め上がります。

 

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